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貴峰道 > コラム 続・超医療 > 第31回

第31回 高次脳機能障害〜27年間の記憶障害が著効し、てんかん発作軽減〜

「高次脳機能障害」とは、病気や交通事故などが原因で、脳が部分的に損傷を受けたことにより、言語や記憶など脳の高度で複雑な機能に障害が起こり、日常生活や社会生活に制約がある状態をいう。全国の高次脳機能障害者数は約30万人と推定されている。一般的にはリハビリでの回復には個人差や限界があり、発症(受傷)から年数を経ると回復がより難しくなる。ところが、ごしんじょう療法は、この高次脳機能障害に対しても著しい治療効果を発揮している。
今年5月、橋本高次脳機能研究所の橋本圭司医学博士と貴峰道の貴田晞照師が「ごしんじょう療法は重度外傷性脳損傷後の認知障害に有効か」という論文を国際医学雑誌Neural Regeneration Research(NRR)に発表。「気の世界の治療Goshinjoの驚くべき治療効果は医学的には説明がつかない。その論文が国際医学雑誌に受理され、世界に発表されたことは大変画期的なこと」と橋本医師は話す。
今回紹介する高次脳機能障害の症例は、NRRに掲載された論文の症例とは別のもの。発症から27年も経過し、てんかん発作が止まらず、重度の記憶障害で新しいことや前日のことを記憶するのが苦手な状態であったが、わずかの治療回数でてんかん発作が軽くなり、記憶力の向上が目覚ましい。ごしんじょう治療開始からまだ3カ月。「27年間で初めて効果が実感できる治療に出合い、初めて将来に希望が持てた」と喜ぶ患者本人とその母親から話を聞いた。

9歳で脳腫瘍、術後も発作止まらず

東京都江東区の寺田信明さん(仮名、36歳)は9歳のとき、てんかん発作を発症した。それまで熱性けいれんを起こしたこともない健康な子供だっただけに、母親の久子さん(仮名、64歳)は、目が上を向き、口はハァハァ言いながら、手足をブルブル震わせる我が子の様子に驚き、信明さんを連れて都立病院へ駆け込んだという。
病院で脳の検査をすると、脳腫瘍が判明。9歳ながら腫瘍は大きく、後頭部の頭蓋骨を切り取り、摘出した。医師からは「脳腫瘍は常識的に完全に取り切れるものではなく、少し残っている」と説明を受けた。術後もてんかん発作は止まらない。大学病院に3カ月入院し、てんかん止めの薬を調整しても発作は治まらなかった。
12歳になり、発作の出発点を探るため、頭蓋骨に穴をあけて電極を挿入し、1週間薬を断ち、発作が起きやすい状態で発作時の脳波を記録。その結果、発作の出発点が取り切れていなかった脳腫瘍であることが判明し、2度目の脳腫瘍摘出手術を行った。
12歳にして2度の脳腫瘍摘出手術。完全に腫瘍を除去したことで信明さんの命は救われ、「病院には感謝している」と久子さんはいう。だが、それでもてんかん発作は止まらなかった。外でうっかり目を離した時に発作が起きれば、大事故につながりかねない。家の中でも外出先でも、信明さんから目が離せない状況が何年も続いていた。
「てんかん発作だけは、なんとしても抑えたい」――
信明さんには脳腫瘍手術による記憶障害、注意障害などさまざまな高次脳機能障害があったが、てんかん発作が治まれば生活のレベルは上がる。久子さんは発作が止まることを何より望んだという。

19歳のとき、迷走神経刺激法の手術を行った。
迷走神経手術法とは、胸に約8センチ×5センチ大の四角い電気刺激発生装置を埋め込み、そこから体内にリード線を延ばして頚部の迷走神経に刺激を与え、発作を抑えるというもの。しかし、発作は軽減されない。「電気を流す時にときどき、喉を絞めつけられるように感じることもありましたが、新しい治療方法に期待しました。でも僕には効果がなかった」(信明さん)という。3年後、発生装置の電源が切れたところで治療を止め、胸に埋め込んだ装置を外した。

どの治療もてんかん発作には効果がない。薬も一時的には効果を感じるが、またすぐに効き目がなくなる。薬の調整のために、度々、数カ月間入院し、別の薬に替える。それを繰り返すばかりで、難治性てんかんが一向に好転しないまま、信明さんは成人した。

軟膜下皮質多切術で発作軽減するも、今度はうつ状態に

信明さんは25歳になり、軟膜下皮質多切術(MST)を受けた。
MSTとは、てんかん発作の波を脳全体に伝わりにくくするために、大脳皮質に5mm間隔の切込みを入れる手術。切込みの深さは4mmで、微細な出血線が縞状に残るが、脳表面の血管を傷つけないよう行い、後遺症が残ることもないという話だった。
ところが術後3日目、信明さんの顔がパンパンに腫れあがり、目が開けられないほどになってしまった。原因を調べると、切り取って入れた頭蓋骨の内側に菌が入り、膿が溜まっていることが判明。急きょ、縫合した部分をもう一度開き、切り取って入れた頭蓋骨を取り外して傷口を縫合した。取り出した頭蓋骨はもう使えないため、セラミック製の人工頭蓋骨を作成するまでの半年間、信明さんは頭蓋骨が部分的にない状態で特殊なヘルメットを被って生活したという。
人工頭蓋骨を入れたのは26歳のとき。MSTが完了した後、発作の回数こそ変わらないが、発作時の失禁がなくなるなど、発作の程度は軽くなったという。

ところが、MSTによるてんかん発作の改善は、新たに深刻な症状を生み出した。久子さんがこう振り返る。
「MSTからしばらく後、発作がほとんど出なくなりました。しかし、次第にうつ状態になって、部屋で膝を抱えて無気力にボーっとするようになり、妄想が出てくるようになったんです。そして、壁に自分の頭をガンガンぶつける自傷行為をするようになりました。本人は『自分がしているのではない。どこからか電波が飛んできて、体が動かされている』と説明するのです。夜ほとんど寝ないため、本人も家族もへとへとになりました」
てんかん発作と入れ替わりに発症した、うつと妄想と自傷行為。症状を改善するため、信明さんは29歳で国立の病院へ入院した。再び薬の調整をし、従来のてんかん止めの薬に加え、何種類もの抗うつ剤が加わり、大量の薬物治療がはじまった。
「薬で妄想が起きなくなり退院したのですが、妄想がなくなると、またてんかん発作が戻りました。月20回の頻度で発作が起きる状態が続きました」と久子さんはいう。

美輪明宏さんから縁が生じた

病院治療では改善されないてんかん発作。ならば他の治療でなんとかならないかと、実は、寺田さん家族は長期にわたり、鍼灸や漢方などの東洋医療や、あらゆる民間療法を試してきたという。祈る思いで加持祈祷にすがったこともあった。しかし、いずれの治療も何一つ効果がなく、民間医療を諦めていたのだという。

信明さんが34歳になった平成23年11月、国立病院に薬の調査で再度入院。この時は、頭に電極をつけ、薬を断ち、発作を起きやすくして24時間監視するという検査を行った。親が付き添い、発作が起きるとビデオカメラのスイッチを入れ、医師を呼ぶ。これを1週間続けたという。薬の調整をし、国内で認可されたばかりの抗てんかん薬「イーケプラ」が処方されると、発作の回数は月5、6回に減った。
「過去の経験から、薬の調整をすると最初は良いのですが、体が薬に慣れてくると次第に効かなくなり、また元の状態に戻ります。だから、イーケプラで発作の回数が減っても、楽観はしていませんでした」と久子さんは語る。
入院中は改めて高次脳機能障害の検査も行い、「道順を思い出せない」「集中力がない」「ミスが多い」「話にまとまりがない」「相手の話を100%理解できない」…など30以上の症状から、「注意障害」、「記憶障害」「遂行機能障害」の障害が診断された。病院では、「記憶障害などはもう治らないだろう」とも言われ、発作の改善も難しい中、久子さんは高次脳機能障害の改善など望むこともなかったという。

そんな時、ふとしたことから久子さんはごしんじょう療法と出合った。
「実は、私は長年、美輪明宏さんの大ファンで、美輪明宏友の会にも入っているのですが、美輪さんのことを豊田正義さんというノンフィクションライターの人が書いた『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』という本をインターネットで調べました。すると、そのライターの方の新刊本『奇跡の医療』という本が目に入ってきて、思わず取り寄せました。読んでみると、金の棒でこする治療を不思議に思いましたが、作者の豊田さんは緻密に取材して『オーラの素顔』を書いている方ですし、『奇跡の医療』ではてんかん発作がごしんじょう療法で改善された例も書かれていたので、試してみたいと思いました」(久子さん)

美輪さんとの縁で出合ったごしんじょう療法。民間療法を諦めていた久子さんだったが、かすかな希望を持って信明さんを連れ、今年4月11日、初めて貴峰道を訪れた。

想定外の治療効果に驚嘆

以下、貴峰道での治療と、信明さんと久子さんのコメント、治療時に久子さんが書いた治療効果の記録を紹介する。

平成25年4月11日、初回治療。
「ごしんじょうは頭も背中も全部すごく痛かったです。痛かったことはよく覚えています」と信明さん。
「そうなんです。実は、信明は大人なのですが、貴田先生の配慮で、他の子供さんたちのように、母親の私がごしんじょうをお借りして使い方を教わり、ごしんじょうでこの子の全身を一生懸命に擦ったり押さえたりしました。気のこともまだ分からなかったので、痛かったのだと思います」と久子さんが振り返る。
信明さんの貴峰道での治療は、最初に久子さんが治療し、その後、貴田師が治療して仕上げる方法で行っている。治療が「痛かった」のは、久子さんが治療に慣れてないのに加え、信明さんの頭や背中に溜まった邪気の量がとてつもなく多かったのだろう。

4月16日、治療3回目。
久子さんの記録には「4月11日に最初の治療を受けてから、発作時のけいれんがほとんどなくなりました。貴峰道に来るまでは、発作の時、目が上を向いて、手足がブルブル震えるけいれんを起こしていましたが、貴峰道に来てからは、ボーっとして動きが止まるような軽い発作に変化しました」と記されている。確かな治療効果を感じ始めた久子さんは、この日、ごしんじょうを申込み、譲ってもらった。以来、自宅でも毎日治療をするようになった。

4月24日、信明さんの5回目の治療時、「このごろは発作が始まりかけたかなと思うと、弱い発作のまま途中で終わります」と久子さんは記録している。
そして信明さん本人も言う。
「僕はそれまで発作のことも全く分かりませんでした。でも、貴峰道に来るようになって、発作が自分で分かるようになりました」。発作自体が軽くなったことについても、「はい、分かります。発作中のことは分かりませんが、発作が軽くなったので、終わった後、『今、記憶が飛んだけど発作があったのかな』と分かるようになりました」という。
このころから久子さんは治療時、手にビリビリと気の力を感じるようになり、自らも気が出始めるようになった。ごしんじょうを当てるだけで、信明さんの邪気の量が分かるようになったという。
「気のことが全く分からなかった私が、ごしんじょうを持つようになって気が出せるようになり、邪気のことも分かるようになったことは、本当に不思議です」(久子さん)

てんかん発症から27年。手術や薬の調整後に一時的にてんかん発作が良くなることはあったが、副作用のない治療で発作がこれほど軽くなったことは、ただの一度もなかった。それだけでも奇跡的な回復であるが、それ以外の脳機能の急速な回復に、寺田さん家族はさらに驚嘆の声をあげている。

記憶力向上…ついに一人で貴峰道に行けた!

5月9日、治療8回目。
貴田師が信明さんの目の奥を重点的に治療した後、「100ひく7は?」の質問に信明さんは暗算で「93」と即答。「93ひく7は?」の質問にも正解。その後も次々と正解し、「あまり2」まで一気に導き出した。
信明さんの知能は9歳まで正常だったが、脳腫瘍手術後、高次脳機能障害者となってからは、集中力や記憶力が弱くなってしまい、ここまでの計算ができたことはなかったという。
この日の治療後、信明さんは母親の前を歩いて貴峰道から代々木上原駅までの道順を一度も迷わず帰ることができた。6日後の5月15日、9回目の治療の時も、駅から貴峰道までの道を迷わず来られたという。1週間、道順を記憶していたことに久子さんも驚く。

5月22日、治療10回目。
久子さんの記録には、次のように書かれている。
「前回の治療から1週間来ていなかったのですが、道を間違えることなく、貴峰道まで来ることができました。新しいことを記憶することが苦手な状態だったので、考えられないことです。ありがとうございます。今まで、病院の治療でも民間医療でも、脳機能障害が改善されることは一度もなかったので諦めていましたが、貴峰道とのご縁で、初めて希望が持てるようになりました。ごしんじょう療法は、まさに"奇跡の医療"だと思います」

5月25日、治療11回目。
「前回治療にきた日を貴田先生にきかれ、『水曜日』と即答したので、びっくりしました。また記憶力がアップしたと思いました」(久子さんの記録)

6月1日、治療13回目。
「貴峰道に来るまでは、自分の部屋に閉じこもることが多かったのですが、最近はリビングに出てきて皆と一緒にいることが多くなりました」(久子さんの記録)

6月8日、治療14回目。
「1週間空いたのですが、道は正確に覚えていました。以前のこともこれからの予定も間違えることなく、はっきりと覚えていることができるようになりました」(久子さんの記録)
昨年の病院での検査でも「予定を思い出すことができない」と診断された通り、信明さんは27年間、予定を覚えることできなかった。「これまで新しいことを覚えるのが苦手でしたが、ごしんじょうによって、道順も予定も記憶できるようになったんです」と信明さんは自らの変化を説明する。
6月12日、15回目の治療時には「以前は1週間以内の予定でも手帳に記入して確認していましたが、今は2週間後の予定も頭の中に入っています。最近では顔つきも変わり、笑顔でいることが多くなりました」(久子さんの記録)。久子さんにとって、ごしんじょう療法をしてからの信明さんの日々の変化は驚きの連続である。

7月3日、治療19回目。
「貴田先生に昨晩食べた物をきかれ、『肉』と即答しました。今まででは考えられないことです」(久子さんの記録)。
27年間、信明さんは記憶障害があったうえ、言葉が出るのに時間がかかった。それが、前日の食事を記憶し、即答する能力も加わったのである。

そしてついに7月6日、治療20回目。
信明さんは初めて、一人で貴峰道に治療に来て、一人で帰宅した。
「母さんがいつも付き添いで大変だから、一人で貴峰道に行こうと思いました。貴峰道で軽い発作が出ましたが、先生がいたので大丈夫でした。行きも帰りも発作は起きませんでした。一人でいつも来られるといいと思います」(信明さん)
久子さんは7月12日の記録で、その時のことを記した。
「今までの記憶力では考えられないことです。記憶することが苦手で、また発作の心配もあり、これまで27年間、一度も江東区の外に一人で出かけたことはありませんでしたが、電車を乗り継いで1時間もかかるところに行って帰ってくることは本当に奇跡です。感動と感謝です。貴田先生に一人で来た日をきかれ、『土曜日』と即答しました。どんどん記憶力が改善してきているように思います」
自分の部屋に閉じこもっていることが多かった信明さんが、一人で貴峰道に行こうと思う勇気はすばらしい。貴峰道の取材をしていると、「ごしんじょう療法を受けると気力が出てくる」と患者さんがよく口にするが、脳の邪気をとれば脳機能がよく働き、それが心にも影響することを信明さんの言動が物語っているだろう。

「僕も人の励みになりたい」

信明さんは現在、毎日、福祉作業所で仕事をし、休みの日に週に1回、貴峰道の治療を受けている。それに加え、久子さんが毎晩30分から1時間、信明さんを治療する。久子さんは気が出るようになり、治療が上達しているようだ。「前はお母さんが治療すると痛かったのですが、最近は痛みもなく、やってもらうと気持ちよくなります」と信明さんもいう。また最近では、なんと信明さん自らが「もっと良くなりたい」という意欲、向上心が出てきて、自分自身に対してごしんじょう療法をしているという。
インタビューでも信明さんはこちらが話すことを100%理解していた。病院の検査で、「相手の話を100%理解できない」と昨年診断されたとは到底思えない。「前はよく分からないことがありましたが、ごしんじょうによって、相手の話が分かるようになりました」と信明さんはしっかりと話す。

信明さんが貴峰道に来るようになってしばらく後、橋本圭司医師と貴田師の論文「ごしんじょう療法は重度外傷性脳損傷後の認知障害に有効か」がNRRに発表されたが、その論文にも久子さんは励まされたという。
論文の症例となった青年は、信明さんよりもはるかに重度の高次脳機能障害だったが、毎日貴峰道に来てごしんじょう療法を受け、信じられないほどの回復を見せている。
久子さんはいう。
「てんかん発作を止めたいと思って貴峰道に来ましたから、記憶力がついたことは、最初は"おまけ"の治療効果だと感じていました。でも、これほど短期間で急速に記憶力が良くなり、しかも、明るく笑顔になり、積極性も出てきて、ひとりで外出できるまでやる気も勇気もついてきました。ごしんじょう療法で、脳そのものが日に日に良くなっているように感じます。論文で紹介された青年にも貴峰道で会いますが、明るく、よく話すので、彼が最初に貴峰道に来た時は、この子よりもはるかに深刻な症状だったと聞いて驚きました。本当にごしんじょう療法の高次脳機能障害に対する治療効果はすごいと実感しています」
久子さんにとって、ごしんじょうは、「これしかない」という唯一無二の信頼できる存在だ。
「病院で診断された脳機能障害を、いまはひとつずつ克服しています。これまでは、私が80歳になっても、ずっとこの子ためについて回らないといけないと覚悟していましたが、一人で外出できるようになれば、私たちの将来像が全く変わってきます。だから、ごしんじょうは、希望の泉であり、心の支えでもあります。この子も論文の症例の青年のように、もっともっと良くなるのではないかと思います」
そう話す久子さんの横で、信明さんは続けた。
「もっと記憶力が良くなればいいと思います。そうすれば、できることも増えます。ごしんじょうでもっと良くなって、僕も同じような病気の人の励みになりたいです」

長時間のインタビューに信明さんも疲れたであろう。そう思い、最後にお礼を言うと、姿勢よく座った信明さんから「大丈夫です。僕の症例を書いて、同じような人にごしんじょうのことを伝えてください」とお願いされた。処方薬や病院の検査結果を提供し、丁寧に経過を説明してくれた久子さんも「ごしんじょう療法で奇跡的に良くなっているこの子の症例が、同じ高次脳機能障害で苦しみ、悩んでいる人のお役に立てればと思います」。

なぜ「脳が良くなる」のか

高次脳機能障害の主な症状はモチベーションが上がらないことだと橋本医師は言う。きちんとした姿勢で真っ直ぐ前を向き、前向きな言葉を発する信明さんの姿は、もはや高次脳機能障害のそれではない。ごしんじょう療法でモチベーションが高まった信明さんの脳は、ごしんじょう治療を継続することでますます良くなっていくのではないだろうか。

高次脳機能障害では、脳は部分的に損傷を受けている。損傷を受けた脳を回復させることはできないと言われている。それなのになぜ、ごしんじょう療法で改善させることができるのか、貴田師は次のように説明する。
「ごしんじょう療法で脳に溜まっている邪気を取り除き、気の流れを良くすることで、生命エネルギーの場が正しくなり、脳細胞における生命現象(電気現象、化学現象)が正しく速やかに行われるようになります。つまり、脳の機能が高まります。そして、気の力で遺伝子の引き金が引かれ、スイッチが入り、脳神経が新しく構築されていると考えています」

理化学研究所脳科学総合研究センター・グループディレクターを務めた脳科学者、松本元理学博士(1940−2003)は、ごしんじょう療法の研究に着手し、その研究を生涯のライフワークと位置づけていた。
ごしんじょうから出る気の力が遺伝子の引き金を引き、脳神経を新しく構築するという貴田師の仮説について、松本先生に尋ねることは、愚問である。なぜなら生前、松本先生に貴田師の仮説に対する意見をきいた時、「貴田先生はごしんじょう療法で病を治すという結果を出しているから何を言ってもいいんです。我々科学者の役割は、貴田先生の仮説が正しいことを証明することです」と断言しているからだ。
松本先生は「超医療 ごしんじょう」(貴田晞照著、扶桑社刊)に特別寄稿した論文「ごしんじょう療法と気の流れ―何故、ごしんじょう療法があらゆる病を改善するのか―」の中で次のように記している。

「ごしんじょう療法は、生命・生存に関する新しい科学を発展させる大きな柱の一つになるだろう。本療法による治療プロセスが、従来の医学・医療の立場から容易に理解されないのは、治癒プロセスに関する科学的根拠が明らかでないということにも依っている。
従来の科学は、主として閉じた系に対する自然哲学であり、従って、この科学観に基づく医療哲学では、人間の生物としての自然治癒力を育てず、生命機械論的考えに至る。しかし、新しい開放系の科学では、生物が物質・エネルギーと情報の流れを維持すれば、生命は自らの仕組みによって維持される、ということが明らかになると思う。現代は、新しい科学へとパラダイムシフトを起こす分岐点にある。本療法の科学的理解のための研究は、この突破口を拓くものであると期待される。革新的医療の道を拓くことは、新しい科学観の創出という作業を同時並行して進めることに他ならない。
ごしんじょう療法が、貴田晞照先生によって開発されたことは、日本人として極めて誇りに思うと共に、科学的解明によってこの手法をさらに高め、世界人類の福祉に役立てるようにすることが、我が国の全人類に対する責務であろう」

もし世界的脳科学者であった松本先生がご存命であれば、最近の高次脳機能障害に対するごしんじょう療法の驚くべき症例を何より喜んでくれたにちがいない。ごしんじょう療法の研究は、松本先生のいう「新しい科学への突破口」を拓くとともに、松本先生の専門領域であり"未知の領域"といわれる「脳の謎」、「脳と心の相関」を解明する糸口になるのではないかと思うからだ。

平成25年8月10日
久保田正子

追記

今春、貴峰道で寺田信明さんと母の久子さんに久しぶりにお目にかかった。昨年取材時よりもすこぶる明るい表情であった。そこで久子さんから伺ったお話を紹介したい。

信明さんは昨年10月10日の貴峰道での治療後、実は事情があって丸3カ月貴峰道の治療に来られなかったという。
今年1月18日、信明さんにとって3カ月ぶりの貴峰道。
「前回貴峰道に来たのは3カ月前のことなので、代々木上原駅から貴峰道までの道順を覚えているか心配しながら、私は後ろをついていくように歩きましたが、途中時々立ち止まって考えながらも、無事、間違えることなく貴峰道までたどり着きました。本当に記憶力が良くなったのだなあと、あらためて感動しました」と久子さん。
それ以来、治療を再開。週1回の割で通っている。
ごしんじょう療法によって向上した信明さんの記憶力は確かなものであり、精神的にも安定した状態を維持しているという。加えて、前回取材時には語られなかった事実にも触れた。
「9歳の発病以来、30年近く、月に2、3回の激しい頭痛があったので、頭痛薬を手放すことはできませんでしたが、頭痛薬を飲んでもあまり効果がなく、学校や作業所を休んで寝ていました。でも、貴峰道に通うようになってから1年間、1度も頭痛薬を飲んでいません。ごしんじょうの効果はすごいことだと思っています」(久子さん)
久子さんによれば、この1年間、たまに頭痛が起こることはあるが、久子さんがごしんじょう療法をすればすぐに治まるという。そのため、頭痛や発作で作業所を一度も休んでいないのだとか。

信明さんは脳腫瘍発病以来27年間、新しいことが記憶できない障害のため、自宅のある江東区を一人で出たことがなかった。それが、ごしんじょう療法によって道を記憶できるようになり、渋谷区にある貴峰道まで一人で外出できた。この事実もさることながら、発病以来飲み続けていた頭痛薬がこの療法で不要になった。これまたすごいことではないか。そのような信じられない治療法が存在する。高次脳機能障害で苦しみ、症状改善をあきらめている人やその家族の励みになればと思い、追記した。

平成26年4月12日
久保田正子