コラム
電磁波の健康被害
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ごしんじょう療法を行う治療院、施術所は全国各地にありますが、本療法は習得度によって治療効果に大きな差があります。中には高額の施術料を請求している施術所もありますが、貴峰道とは一切関係ありませんのでご注意ください。地方で施術を受けたい方は、必ず貴峰道にお問い合わせください。

脳の症例

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ごしんじょう療法を受けた方のその他の症例、体験談をご紹介します。
治療効果は個人差があり、すべての病が治るわけではありません。
ごしんじょう療法の症例DVDは、貴峰道で治療を受けられた後、希望者にお見せしています。ご希望の方は、貴峰道へお問い合わせください。

脳膿瘍〜抗生剤の副作用を消し、脳障害を克服〜

K.Kさん 58歳 男性
平成21年3月26日現在

平成15年6月13日、脳に菌が入り炎症が生じて膿が溜まる「脳膿瘍(のうのうよう)」(=写真下)で、死亡率4〜5割と宣告され、緊急開頭手術を受ける。手術が成功しても、術後、脳の菌に抗生剤が効かない可能性もあり、大量の抗生剤の副作用によって肝臓、腎臓障害で死亡する可能性もあると宣告される。
手術前、両目とも右半分が見えず、右手足の麻痺、一桁の計算が不能など、深刻な脳障害があった。

脳のレントゲン写真 写真 脳膿瘍(のうのうよう)。細菌感染で左脳に非常に大きな膿瘍ができている。これにより、両目とも右半分が見えない、計算ができない、漢字が書けない、右手足の麻痺などの脳障害が生じていた。主治医からは、手術後もこれらの脳障害は残る可能性があると宣告された(平成15年6月11日)


平成15年7月26日に退院。手術は成功し、最も心配された抗生剤の副作用は、毎日の「ごしんじょう療法」で除去(=表下)。 医師から残る可能性が高いと言われていた右手足麻痺や計算機能障害など多数の脳障害も連日の「ごしんじょう療法」で完全克服した。現在も元気に仕事をしている。

6/14 6/27 7/4 7/16 8/5 表 平成15年6月13日の手術後、8月13日まで毎日大量の抗生物質を投与。副作用によって肝機能障害を起こす危険性を宣告されていたが、連日の「ごしんじょう療法」によって副作用を除去、肝機能は正常だった
GOT
0〜40u/l
11 74 27 29 24
GPT
0〜40u/l
14 83 48 45 40
γ−GTP
10〜84u/l
95 72 40 33

てんかんの発作が止まった

A.Sさん

いつも大変お世話になっております。
長男の現在の状況や経緯について報告させていただきます。

子供がなかなか授からず、不妊治療でようやく妊娠したのが、12月末のとても寒い時期でしたので、せっかく授かった赤ちゃんを何とか流産せずに 出産したいという気持ちから、まず体を冷やしてはいけないと考え、毎日昼はホットカーペットの上で過ごし、夜は電気毛布と、今考えると恐ろしい 妊娠生活を送っておりました。
後から知った事ですが、ホットカーペットに座ると、そこから胎児までの距離は何と3〜4cmだそうです。最も大切な妊娠初期を電磁波漬けで過ごしてしまったのです。
その時に電磁波についての知識があれば…と悔やんでなりません。

無事に出産し、安心しておりましたが、言葉遅く、人の声よりも電気製品などの機械音によく反応する傾向がありました。
2歳になってすぐに急な高熱で起こる「熱性けいれん」の発作が出る様になりました。「熱性けいれん」は小さな子供が急な体温の上昇に脳がついていけずに 起こす発作で比較的脳の未熟な子供に起こると言われています。
命に別状はないと理解しているつもりでも、白眼をむいて顔面蒼白になり、気を失っている我が子を見るのはとてもショックな事でした。

大きくなるにつれ、熱性けいれんの発作もなくなり、ホッとしていたのですが、6歳になった頃に突然、発熱もない状態でけいれんを起こす様になってしまいました。
この年齢で起こすけいれんは「てんかん」の疑いがあるとの事で、2度ほど脳波の検査をしましたが、いずれもてんかんの脳波は見つからず、検査結果としては異常はないが、 「てんかん」でしょうとの診断で、納得のいかないまま薬だけをいただいて帰って来ました。
それでも、学校で発作が起こる事を恐れて薬を飲ませました。薬の副作用から、服用開始から3日目には全く笑わない、感情を表に出さない、全く別の子供の様になっていました。 今までずっと一緒に過ごしてきた長男が遠くへ行ってしまった様な気持ちでした。
病院から処方された薬は、ただ単に脳を全く興奮しない状態にして発作を封じ込めるだけのもので、病気を治すものではありませんでした。よく調べてみると「そう・うつ病」の そう状態の方に処方される薬で、長期にわたって服用すると、うつ状態になってしまうというものでした。
そんな恐ろしい薬を「まずは3年間飲み続けて下さい」と言うのです。

七田眞先生の著書で、以前から御申じょうを知っていた主人が、「この子を治すにはやはり御申じょうしかない!」 と薬を一切止めて、貴峰道にお世話になる事を決心しました。

貴田先生に頭を擦っていただくと、長男はとても痛がりました。施術中に私達も手をかざすと、手のひらにビリビリと強く感じ、長男の体内にかなりの電磁波が 溜っていたのがよくわかりました。
一度目の治療から4ヶ月が経ちますが、長男は一度も発作を起こしておりません。表情も明るく、良く笑い、元気に充実した日々を送っています。
貴峰道からの帰り道は長男はいつも上機嫌で足取りも軽そうです。頭がスッキリして、体が軽くなるのが嬉しいようで、今では貴田先生にお会いするのを楽しみに通わせていただいております。
長男を恐ろしい薬から、そして長い間苦悩してきた私達を救っていただき、本当にありがとうございました。
今後とも宜しくお願いいたします。

また同じ悩みをお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、我が子の体験談をお読みいただく事で少しでも参考にしていただけたら幸いです。

自閉的傾向がある発達障害に効果

K.Tさん

御申じょうを長男に受けさせて頂いてから4ヶ月になります。私達家族は御申じょうを毎日朝夜に受けさえて頂いています。ビリビリと感じながら体が軽くなることや、 首腰の痛みがその場でとれ、本当に感謝の気持ちで一杯です。心より御礼申し上げます。

長男は3歳の時、言葉の遅れから自閉的傾向がある発達障害と診断され絶望的でしたが、インターネットで御申じょう療法を知り、早速週末に上京しました。 3歳8ヶ月でしたが、理解不足のところがあり、言葉は話せるようになっていましたが、「キャーキャー」と気に入らない事があるとパニックになって居りました。

貴田先生が長男の顔を御申じょうで擦って下さっている時、本当に痛そうでした。その日の夜は真っ黒な便が沢山出て驚きましたが、本人はさっぱりした様子でした。

その後2ヶ月の間に譲って頂いた御申じょうを朝夜と家でさせて頂いている時、初めて貴峰道に伺った時の話を長男が「貴田先生の所で○○さんがキレイキレイしてくれたね」 とすらすらと会話しているのに驚きました。その後の2ヶ月の間にも気に入らないことがあり、「キャーキャー」とパニックになった後、「またキャーキャー言ってママこまらせちゃった」 と反省したり、心の成長を感じ、両親共に本当に感謝の気持ちで一杯です。

長男だけではなく、私は5年前自動車事故で時速60km走行中、助手席に座っていて電柱に追突し、車は大破の大事故になり、雨の日の前日の晴天の日に、首が痛み、頭痛がしたり、自律神経の後遺症があり 悩んでいましたが、毎日長男に御申じょうを使わせて頂いているお陰で、不思議な程この4ヶ月間、全く首の痛みはありません。主人も体が軽くなったと感謝して居ります。

また実家に帰った時、母が長男を「本当に良く成長した」と大喜びで、頑固な母ですが、御申じょうのことを話すと、とても感謝してくれましたし、膝が痛んでいたり高血圧だった母に滞在している 2日間、御申じょうを使わせて頂くと、3回目で膝の痛みが和らいだり、長年の高血圧が下がったりと、心より感謝致して居ります。本当に有難うございました。大切に家宝とさせて頂きます。 また上京させて頂きます。まずは御礼の御挨拶までで失礼申し上げます。

脳形成異常による嚥下障害から回復

S.Aさん
平成14年5月10日寄稿

私は妊娠中に羊水過多と診断され、「赤ちゃんは羊水が飲み込めていないようだ」と言われました。結局、帝王切開で出産。3000g弱で生まれた子供は、脳形成異常による嚥下(えんげ)障害と診断され、NICU(新生児集中治療室)に入院しました。 生まれて数日後は呼吸も弱く、人工呼吸器をつけて何とか回復したものの、ミルクを自力で飲むことができないため、鼻からチューブを通してミルクを与えていました。しかし、片方の鼻をチューブでふさいでしまうと、呼吸も弱く血中酸素が下がってしまいます。そうこうしているうちに、ミルク誤飲のために肺を洗浄し、再び人工呼吸器をつけることになりました。
そして、主治医と相談の結果、このままでは栄養が足りず成長が見込めないこと、血管が細く点滴が継続できないなどの理由により、お腹から胃へチューブを通す手術を行うことになりました。幸いにも手術は成功したのですが、口から飲めないので吐くことが多く、1歳を過ぎても4000g強と、なかなか大きくなりません。MRI(磁気共鳴画像)検査では、依然として脳の成長が遅く、滲出性中耳炎のため聴力が弱いという所見でした。 1歳半になり、少しは飲み込む力がついてきたので、ようやく退院できました。それから5ヵ月ほど経った頃、親戚から産経新聞の記事を見せられたのがきっかけで貴峰道に伺いました。
初めての治療を受けて帰る途中、車の中でパックのジュースを飲ませようとしたところ、いきなりストローでゴクゴク飲み始めました。これまで哺乳瓶も使ったことがないのに、どうして吸うことができるのか不思議に思いました。
3回目の治療後では、離乳食も食べられるようになりました。その後は急速に回復し始め、約2ヵ月の間にお座りやハイハイ、つかまり立ちもできるようになり、よく笑うようになってきました。まるで今まで遅れていた分を取り戻すかのような成長ぶりです。病院の先生は信じられないという表情でしたが、さっそくチューブを外してくれることになりました。
2歳になって再度MRI検査を受けたところ、脳も発達してきていることが分かりました。中耳炎も完治しており、聴力も正常だと言われました。
「ごしんじょう」のおかげで、幸せに子育てする毎日です。 また上京させて頂きます。まずは御礼の御挨拶までで失礼申し上げます。

自閉症から回復

I.Yさん
平成18年8月8日

(患者さんの家族から貴峰道に送られた手紙です)

息子の妊娠中、私は事務員をしており、
朝から晩までパソコンの前で仕事をしていました。
そして、臨月まで働いていました。
電磁波防止のエプロンすら付けずにいました。
息子はお腹に居る間、ずっと電磁波を浴び続けていました。

妊娠3ヶ月目に切迫流産で半月入院し、生まれてくる直前、
私が風邪を引き、息子は母子感染症で胎内で肺水腫にかかっていました。
生まれてすぐ顔も見せてもらえないままNICUへ連れて行かれました。
電磁波がどれ程怖いものか知っていれば、
妊娠中、パソコンの前には座らなかったと思います。

2才で自閉症と診断され、どこの病院へ行っても
「治りません。訓練で良くなる子もいますので頑張ってみたらどうですか?
薬は興奮剤を投与します。副作用で死亡例はありますが、
全員に出るわけではないので試してみたらいかがですか?」
と同じ回答しかいただけませんでした。

それに死亡例のある薬など怖くて使えませんでした。
調べてみたらそれは覚醒剤でした。(リタリン)

役所で紹介してもらった施設はひどいもので、
お母さんたちは部屋の隅に座り込んで、
子供がお母さんの手をひいても知らん顔で話し込んでいました。
そんな所へは通えませんでした。

「きっと何か治す方法があるはず」
その気持ちだけを抱いて諦めませんでした。
2才半のとき、大阪へ針治療に通っていたときに知り合った、
広島から来ていたインフルエンザ脳症の子をもつお母さんから
「自閉症の子にいいらしいよ」
と聞いた御申じょうのことを思い出しました。

初めは「金の棒でさするだけなんて・・・」と疑っていたので、
聞いてすぐには始められず、2年近くが過ぎてしまいましたが、
「やっぱりうちの子には必要だ」と思い、
インターネットで貴田先生の電話番号を調べました。

平成17年3月末頃から毎週名古屋と東京を往復する生活が始まりました。
交通費と体力はかなり厳しいものがありましたが、
貴峰道のスタッフの方々や、先生が一生懸命息子を良くしようとして下さるので、
続ける事ができました。
通い始めた頃、息子は4才4ヶ月でしたが、言葉は私にしか通じませんでした。
顔以外はアトピーも出ていました。
2ヶ月通った頃、全身にとびひがでました。
今まではステロイドを使っていたのですが、ステロイドを使うとまた更にひどくなると聞き、
何も使わずにひたすら私の手ではらい続けました。
病院に行かなくても、前年にとびひになった時より短期間できれいに治すことができました。

そして、とびひが治ったら、今度は言葉がはっきり喋れるようになっていました。
しっかりとした文章で話せるまでになりました。奇声も減りました。
そして、アトピーもなくなりました。
今はあせもと乾燥肌が少し残っているだけです。
また、友達と遊ぶようになり、保育園の帰りに友達のお母さんに
「今日、○○ちゃんの家に行ってもいい?」
と自分で聞けるようになりました。

9月に入り、妊娠している事が分かり、
通えなくなるので10月の初めに御申じょうを購入しました。
その頃、妊娠3ヶ月になっていましたが、微量の出血があり、
御申じょうで甲状腺のあたりや、おなかをさすってみたら、
3日程で出血がきれいに止まりました。
産婦人科の先生が驚いていました。

息子は12月には数字が書けるようになり、
2月にはひらがなも書き始めました。
今年4月末に第2子が生まれ、すぐに手ではらったり、
御申じょうでさすっていたので、首の座りも早く、声もよく出します。
生後3ヶ月で名前を呼ばれると「はい」と言い、手も挙げます。

今、二人とも公文式へ通っていますが、
先生が成長の早さにびっくりしていました。
自閉症は人の顔を書くのが苦手な子が多いのですが、
保育園で家族4人の顔を書いて来てくれました。
今までただ紙をクレヨンでぬりつぶすだけだったのに凄い成長です。

今、赤ちゃんがえりとやきもちが出ています。
言語聴覚士の先生が
「発達した証拠ですよ。以前のままだったら赤ちゃん自体が理解できないから。」
と言われました。

来年小学校へ上がりますが、特殊学級へ入れずに普通学級で頑張りましょう
と言われるまでに成長しました。

主人も初めは
「電磁波なんて馬鹿げたことを・・・。どうせこの金の棒もだまされているに違いない。
ボールペンで擦っても同じじゃないの?」
と馬鹿にしていましたが、一度やってみると、
「足の裏が電気を通したみたいにビリビリする」
といって毎日御申じょうを使っています。
すっかりとりこになっています。

貴田先生、スタッフの方、
いつも真面目に一生懸命息子に施術して下さってありがとうございます。
これからも親子で頑張りますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

追記:病院で「この子は一生友達と遊べません」
又、幼稚園の入園手続きでは
「他の子に迷惑がかかるのでご遠慮下さい」と言われました。

今は友達いっぱいで楽しく保育園へ行っています。

内在する力!〜私はごしんじょう療法の一番弟子である〜

映画脚本家 橋本 忍
脚本/「羅生門」「七人の侍」「生きる」「私は貝になりたい」他
プロデュース/「砂の器」「八甲田山」他

奇妙な不思議な形をしている。だが手に取ってみるとズシリとした重さがある。その重さが何か内在するようなものを感じさせる。しかし、その内在する力が何であるかは私にも分からない。
ごしんじょうは一瞬の精霊の宿りと、それを一瞬に受け止めて流す者の共同作業の連結と繰り返しが本来のものである。その精霊の宿りも、受け止めも一瞬であり、施術者がその気持ちを意識的に注意深く持ち続けることにより、第三者には到底分かり得ない、施術を受ける者の反応が、恐ろしいほど微細な点まで分かる大きな特徴がある。
施術につい夢中になっている時は気が付かないが、中途で休憩したり、あるいは終わったときには、時々ハッとすることがある。ごしんじょうが異様な熱を持っているのだ。指先で持ち続けた自分の体温移動ではない。それらを越える、焼きつくような熱さなのだ。精霊と精霊をつなぐ、単なる伝導体以上の何かがあるみたいなのが――この純金のごしんじょうである。

私の妻が病気で、水戸の病院に入院したが、病院の個室で倒れ、頭を強打して意識不明になり、水戸の日赤の救急センターに入り、命だけは取り止めたものの、言語障害でものが言えなくなり、その上、持病のアルツハイマーへの強烈な衝撃でエンゲ能力(ものを自分で喉へ送る能力)がなくなり、点滴だけで命を保ち、意識があるかないかの分からない状態になってしまった。
(中略)医学的な処置や、手当ての方法が他にない為、医者の許可を得て貴田氏にごしんじょう治療をしてもらったところ、これまで動かなかった手が動いたり、妻の表情にホッとしたものが浮かび、なんだか効果があるような気もする。しかし多くの患者を抱える彼に水戸往復は無理なので、何か方法がないかと尋ねると、彼の教えてくれたのが、彼が開発し使用している、素人でも使える小さな金の器具による治療である。(中略)それを続けているうちに習うよりは慣れで、単なる鬱血部位の消去だけでなく、足の指先や、手の指先を刺激しても頭へ響く徴候が分かり、なんだか不思議な電気のようなものが体を流れるらしい。 私が妻にしてやれることはもうこれしかない。最初は仕事の合間にと思っていたが、この治療を始めたため、週に1度、時々は水戸に泊まり2日間続けるため、いつの間にか自分の仕事をやめてしまった。いや、それほど長くなくそのうちに死ぬと思ったからでもある。だが院長の長くてもあと3カ月の命という予言は外れ、3カ月の予定が3年に伸び、私は東京と水戸の往復5万キロで車を1台乗り潰してしまった。
(中略)ごしんじょうの治療を3カ月間止めた時に妻は死ぬ……意識不明の妻は私の予感に従い、それに耐えようとしたらしいが、力尽きこの世を去った。それは予感の3カ月より1週間早い11月の初旬のひどく寒い真夜中である。

(産経新聞より)