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第30回 乳がん〜「標準治療」せず、消失〜

複数の病院で勧められた手術と治療を拒否し、貴峰道に通い続けた結果、乳がんそのものが消失したという養護教諭の臨床例を紹介する。看護師の資格を持ち、病院勤務の経験もあるというこの女性。がん患者として、さまざまな治療の情報を集め、自分にとって「標準治療」が最適かどうか、常に考えながら闘病してきたという。

がんで子宮全摘、2年後「左乳房に2センチ弱のしこり」

東京都の西山友子さん(仮名、51歳)の日常は、とりわけ出産後から目の回る忙しさだった。
家庭では二男一女の子供3人を育て、家事をこなす毎日。職場では、私立高校の養護教諭いわゆる「保健室の先生」として、ひっきりなしにくる生徒の扱いや「保健室登校」の生徒の指導に日々神経を注ぐ。過呼吸や拒食・過食など、生徒たちの心身の病は多岐にわたり、「保健室の先生」の負担は年々増加している。そのうえ自宅に持ち帰る仕事も多く、夜間にも電話がかかってくるなど、自宅にいてもほっとすることができず、ストレスも増す一方だったという。
そんな中、平成20年に子宮頚部上皮内がんが分かり、夏休みを利用して同年8月に円錐切除手術を実施。しかし、切り口にがんが残っている断端陽性が病理検査で判明し、翌9月、あわただしく再度手術して子宮を摘出した。
「学校業務や行事に追われ、病院任せで最終的に子宮を失ってしまったことは、手術後に大いに悔みました。しかも2カ月間で2度の手術ですから体調は最悪でした。それでも学校は最小限の休みしか取らず、すぐに職場復帰しました。長く休めないほど忙しかったですから」と振り返る。

西山さんは毎年、人間ドックを受診していたが、子宮がんを患った平成20年から、左乳房にモヤモヤした影が写るようになり、経過観察を続けていたという。平成21年冬ごろからは、左乳房に小さいコリコリしたものが触れるようになり、平成22年4月ごろ、コリコリしたものは2センチ弱の梅干しの種のようなしこりになった。
平成22年5月、病院でエコーやマンモグラフィー、局部麻酔で太い針を刺して組織を取って調べる針生検、MRI検査の結果、「左乳房非浸潤性乳管がん」と診断された。
担当医は、がんの部分に細い針状の電極を差し込んで電流を流し、発生する熱でがんを焼くラジオ波療法をすすめ、乳房を切除しないことのメリットを強調したが、担当医の口調や態度に、西山さんの感情が動いたという。
「この先生には自分の体を任せられない。他の先生の意見をきいて、治療法は自分で考えてから決めよう」
担当医の威圧的な態度は、「わが身のことを最優先に考え、病院の言いなりになってはいけない」と考える、いいきっかけになったという。

闘病に専念するも病院治療を拒否

西山さんは自身の体と向き合い、闘病に専念するため、乳がん診断を受けた平成22年5月、思い切って仕事を辞めた。健康診断などで最も忙しい4月を乗り切った直後。責任感の強い西山さんにとって、仕事を辞めるには最適のタイミングだったという。
セカンドオピニオンの病院に受診すると、やはり診断は乳がん。ところが、医師が提示する治療法は全く違った。
「あなたの場合、モヤモヤとしたがんの範囲が広いため、局所的にがんを熱で死滅させるラジオ波は向かない」として、全摘手術を勧めたのだ。「おそらく非浸潤性乳管がんだと思うが、転移しやすい浸潤か非浸潤かは、開けてみないと分からない。したがって全摘手術した方がいい」と医師は説明した。
しかしここで西山さんは、治療法の選択を急がなかったという。かつて看護師として病院勤務していた経験から、手術、抗がん剤、放射線といったがんの「標準治療」の副作用のリスクをよく考えてみたのだ。
「がんそのものではなく、標準治療の副作用、薬害で、短期間に亡くなっていったケースも少なくありません。その現場を見ていましたので、自分でいろいろと調べて、最善の治療法を探ることにしました。
最初に勧められたラジオ波は、自費診療で保険が適用されません。がんが完全に死滅するかどうか効果があいまいだし、ラジオ波で焼いた部分の炎症なども心配でした。
セカンドオピニオンで全摘を勧められましたが、手術すれば抗がん剤もついてきます。また子宮全摘を早まった後悔がありましたから、全摘手術に踏み切れませんでした。幸い、この先生は、『僕は全摘がいいと思うけど、あなたの体だからあなたが決めたらいいと思う』と言ってくれたので、手術はしたくないという自分の気持ちを伝えました」

西山さんはホルモン感受性がある体質だったため、全摘を勧めた医師からは「手術をしないのであれば、ホルモン療法だけでもしたら?」とホルモン剤の服用を勧められたが、ここでも西山さんは立ち止まって考えたという。
ホルモン療法とは、乳がんを増悪する女性ホルモンのエストロゲンの分泌や作用発現を抑制するLH-RHアゴニスト、抗エストロゲン剤などを投与する治療。更年期障害の症状を引き起こす副作用もあるため、「更年期の年齢になって無理やりエストロゲンを抑制しなくても…」と結局、ホルモン療法も拒否したという。
「医者は面倒くさい患者と思ったかもしれませんが、自分自身が納得して治療法を選びたいと思ったので、病院では治療をせずに、経過観察をしていくことだけにしました」

東洋医療系の治療も効果なく

がん治療のさまざまな情報を集める中、著名な医師の本を読み、感銘を受けた西山さんは、平成22年7月から別の病院に通院した。病院では、指先やツボに針を刺して気をおくる刺絡療法のほか、お灸治療や食事療法を指導していたという。だが西山さんはここでも、医師の言うままにならなかった。
「食事指導は勉強になったのですが、お灸はストレスになるから好きではないと言ったら、先生に怒られました。肝心の刺絡療法は、わずか15分の治療で1回2万5000円もするのに、本で読んだイメージとは違って、『気をおくる』といわれてもまるで実感がなく、治療効果を感じることがありませんでした。医療費に関するアンケートを何度かとられたのですが、何回目かのアンケートの際、治療費が負担に思っていたので『医療費はあまりかからない方がいい』に丸をつけたら、医者の態度が変わり、『他に行った方がいい』と突き放されました」
ちょうどそのころ、西山さんは知人から「奇跡の医療」(豊田正義著、幻冬舎刊)の本を紹介され、ごしんじょう療法を知ったという。
「本を読み、治療の理論に興味がありました。その時は、金の棒でさするだけのごしんじょう療法ががん治療になろうとは期待していませんでしたが、慢性的な腰痛があったので、腰痛治療のつもりで治療の予約をしました」
「腰痛が良くなればいい」。その程度の軽い気持ちで始めたごしんじょう療法だったが、のちに医師が驚くがん治療効果を発揮し、西山さんの闘病の心強い味方になっていく――。

全身治療で気の流れ実感、体が楽に

最初の治療は平成22年9月24日。西山さんはその時の感想を次のように話す。
「はじめは全身がくすぐったく、乳がんの部分をごしんじょうで施術された時は、患部がビリビリする痛みがありました。そのことを貴田先生に言うと、『くすぐったいのも痛いのも、邪気が溜まっているからです』と言われました。30分以上かけて全身を施術してもらっているうちに、貴田先生の言われた通り、邪気が少しとれたからか、次第にくすぐったさがなくなり、気持ちいいなと思うようになりました。
治療後はとにかく全身が楽になりました。長年の腰痛もなくなったばかりか、意外なことに、常に感じていたストレスがスーッと消えた感覚がありました。心身が別人のように軽くなったので、また治療を受けたいと思い、すぐに次回予約を入れました。
1時間近くもかけて全身の治療をしてくれて、治療費も1万円とそれまでの半額以下です。そして何よりも邪気や気を実感できて治療効果がその場であらわれるごしんじょう療法に、がん治療法としての確かな期待を感じました」
西山さんは平成22年9月24、30、10月7、14日と、最初の1カ月は週に1度のペースで治療し、入れ替わりに刺絡療法は10月、5回目の通院でやめたという。
平成22年10月14日にごしんじょうを求めてからは、貴峰道での治療回数を月に2回に減らし、毎日、自宅でごしんじょう療法を実践。心身が嘘のように健康になり、意欲も向上した。すると平成22年12月からは週に1回、高齢者のデイケアサービスの仕事を開始。わずかの期間で「がんになる前よりも健康体になった」という。

検査の度にがん縮小し、2年後にはしこり消失

ごしんじょう療法は、治療効果を実感できるだけでも西山さんにはありがたい存在だったが、その真価は、年に2回の病院外来で目に見えるものとして表れた。毎回の検査結果で、がんの縮小が具体的に確認できたからだ。
まず、ごしんじょう治療開始から半年後の平成23年2月、MRIとエコーの検査で、医師から「がんは進行していない」と告げられた。
さらに半年後の平成23年9月には、「がんは進行していないどころか、むしろ小さくなっている」と言われた。
平成22年10月に刺絡療法をやめた以降は、西山さんはごしんじょう療法以外の治療法は受けていない。
心身は健康そのものであるうえ、医師からがんの縮小を告げられた西山さんは、平成23年9月から、貴峰道での治療を月1回に減らしたが、その半年後も「がんらしき範囲がさらに縮小している。よかったね」と言われたという。
平成24年10月の検査ではついに、「2年前、広い範囲でモヤモヤと黒く写っていた部分が分からなくなった。しこりも見られない」と診断され、がんそのものが消失していることを告げられたのだ。
「病院では治療を何もしていないのに消えたことが不思議だったらしく、先生から『何かやってる?』ときかれました。気の治療をやっていることを簡単に伝えたところ、先生は『効果があって、よかったね』と言ってくれました。自分で触っても、以前にあった梅干しの種のようなコリコリしたしこりがなくなったのは分かります。触診でも検査でも、完全にがんがなくなったんですね。
全摘手術や高額なラジオ波をやらないで、本当によかったです。ごしんじょう療法に出合えてなかったら、いまの健康な体はありません」

年月日 症状・治療・病院での診断
H22 4月 左胸に2p弱のしこりに気づく
5月 病院Aでエコー、マンモグラフィー、針生検、MRI検査。「左乳房非浸潤性乳管がん」と診断。ラジオ波手術を勧められる。
5月下旬 セカンドオピニオンの病院Bで検査。同じく乳がんの診断を受けるが、範囲が広いため、全摘手術を勧められる。手術を拒否すると、ホルモン療法を勧められるが断る。
7〜10月 さらに別の病院Cで刺絡療法やお灸、食事指導などの治療と指導を受ける。自費診療で高額のため、計5回でやめる。
9月24日〜 貴峰道でごしんじょう療法を開始。
はじめの1カ月は週1回の割で治療し、その後1年間は月2回、H23年10月〜現在までは月1回の頻度で治療を続ける。
H23 2月 病院Bで左乳房MRIとエコー検査。
「半年前から進行していない」
9月 病院Bで左乳房エコー検査。
「がんの範囲は進行していない。むしろ小さくなっている」
H24 4月 病院Bで左乳房エコー検査。
「がんらしき範囲が縮小傾向。よかったね」
10月15日 病院Bで左乳房エコー検査。
「2年前、左胸に黒く写っていた部分がほとんど分からなくなった。しこりもわからない。次回検査は1年後でいい」


強い治療や薬は副作用が危険

「病院に任せるのが一番」、「担当医の機嫌を損ねたくない」といった考えから、医師の言う通りに手術、抗がん剤、放射線治療などの「標準治療」を受けるがん患者が多数を占める中、乳がんの「標準治療」を一切拒否した西山さんの決断は、きわめて勇気のいるものだ。
それについて西山さんは、「実は、看護師として病院勤務の時代から、病院の治療に疑問を持っていたんです」と語る。
もともと西山さんは、看護師として夜勤のある病院に3年勤めた後、企業のクリニックで4年勤務し、その後3年間、養護教諭として学校に常勤した。出産後一時的に仕事を辞めたが、すぐに養護教諭の非常勤で仕事復帰。長年にわたり、医療や保健の現場に携わってきた。
「強い抗がん剤は1回やっただけでも健康な細胞を破壊し、腎不全や肝機能障害を引き起こします。血管もボロボロになり、脳障害になる場合もあります。免疫力が落ちますから肺炎にもなりやすい。がんの『標準治療』として、術後はたいてい抗がん剤を投与しますが、実は抗がん剤が必要のない場合もあり、また免疫力が極端に低下するので危険です。
がん患者が闘病中にあっという間に亡くなるケースのほとんどは、治療や薬の副作用なんですね。だから治療法は副作用のことも考えて選択しなければならないんです」
治療の副作用、薬害の怖さを知っているゆえに、西山さんは「保健室の先生」になった時、一貫して薬の処方に慎重だった。西山さんによれば、学校の保健室には、「先生、薬ちょうだい」と通ってくる生徒もいる。生理痛の生徒には消炎鎮痛剤をあげるなど「面倒くさいから」と言って容易く薬を出す養護教諭も多いというが、西山さんは「生徒から嫌われてもいい。子どもの薬害を防ぐことが大事」と心に決めていたため、よく生徒の訴えを聴き、折に触れて薬の害を伝えながら、必要に応じて湯たんぽでお腹を温めるなど丁寧な生活指導で対処。保健室で一度も薬を出したことはなかったという。

ごしんじょう療法を医療現場に

「長年、『標準治療』は最善ではない、薬害は怖いと考えていましたが、がんになった時、ほかに効果のある治療法がなければ、結局、病院の『標準治療』に頼るしかないのが実情だと思っていました。だから、子宮がんの時、忙しさもあって、何も考えずに病院任せにしたのです。いま言っても仕方ないですが、あの時、ごしんじょう療法を知っていれば、子宮を全摘しなくて済んだと考えています」と西山さんはいう。
持病だったドライアイは自分でごしんじょう治療を続けて完全に治り、ごしんじょうでよく頭を治療することで、よく眠れるようになった。またパソコンなどの電気機器はできるだけで避けて生活することで体の不調がなくなったことからも、電磁波の健康被害に警鐘を鳴らすごしんじょう療法の理論には大いに共感しているという。
「ごしんじょう療法は、がんや難病治療に力を発揮していますが、病院に頼らない病気治療としても、病気予防としても、意義が大きいと思います」と断言する。
西山さんは、乳がんで抗がん剤治療をしている看護師の友人に、自身の体験を説明し、ごしんじょう療法を勧めたことがあった。ごしんじょう療法を知ることができれば、多くの人が救われると信じているからだ。ところが、「私は金の棒で病気が治るなんて絶対に信じない。標準治療が一番いいと思うよ」と無下に拒絶された。看護師以外の友人からも同様の反応がかえってきたという。西山さんは「大多数の人たちは、西洋医療が最先端で最も治療効果が高いと思い込んでいます。西洋医療が絶対という考えは、ほとんど洗脳状態です。思い込みを捨てて、もっと冷静に体のこと、治療のことを考えないといけないのに」と嘆く。

西山さんはいま、中高生の3人の子供の世話と家事をしながら、高齢者のデイケアサービスの仕事を週2回に増やし、高齢者の健康チェックにあたっている。
デイケアに来る高齢者には、薬漬けの人が実に多いという。
「皆さん、飲んでいる薬が多すぎます。手足が痺れると訴えたり、急激に内臓機能が低下したりするなど、薬の副作用が心配です。現状では無理ですが、デイサービスでお年寄りにごしんじょう療法をやってあげられれば本当にお年寄りが救われます。そのようなシステムができるといいと心から思います。それに、薬を出せない子供たちの心身の健康のために、学校でごしんじょう療法ができたら最高ですね。子供はとくに、自然なことで病気を治した方がいいですからね」
ごしんじょうは、西山さんにとって「心の支え」だという。がんが消失し、心身のあらゆる不調も改善した絶大な治療効果がごしんじょうへの信頼になった。「病気になっても、ごしんじょうがあるから大丈夫」。そう思うと、心強いという。「ごしんじょう療法の理論が浸透し、医療や保健の現場に導入されれば、多くの病気の人たちが救われると信じています。私もできるだけの草の根運動はしていきたいと思いますが、ぜひ貴田先生にはそのような医療革命が実現するまで、がんばってほしいと思っています」。
そうなれば、国の財政を圧迫している医療費も削減されるにちがいない。

平成25年5月15日
久保田正子