横浜駅からJR根岸線で約20分。洋光台駅と港南台駅のほぼ中間に広がる丘陵地帯。
付近には氷取沢市民の森などもあり、横浜市民の憩いの場として古くから親しまれている。
だが、この丘陵地帯周辺の住宅地で今、恐ろしい事態が進行している。
ガンや白血病で死亡する人が多発しているというのだ。
丘陵地帯から1.5キロほどの杉田台住宅に住む本田洋子さん(主婦・43歳・仮名)が、自ら実際に調査した結果を基にこう証言する。
「4〜5年前からこの周辺でガンで死ぬ人が多いと噂にはなっていたんですが、私も今年の8月に乳ガンになってしまいました。幸い、初期のガンということですが、毎日がとても不安です。
でも、噂は本当でした。私の近所だけでも、この数年間に11人もの方がガンで亡くなっているんです。隣の家の奥さんも、後妻の方も乳ガンで、いずれも50代前半で亡くなりました。斜め向かいの奥さんは52歳で白血病で、その隣の奥さんは膠原病(複数の臓器の障害など)で、さらに50代のお医者さんが肝臓ガンで亡くなりました。その奥さんも乳ガンになり、手術をしましたが、その後、引っ越されましたので、今、ご健在なのかどうかは分かりません。
いちばん私がショックでしたのは、今年の春、元女子プロレスの人気スターだったジャッキー佐藤さんが胃ガンで42歳で亡くなったことです。ジャッキー佐藤さんは、肝臓ガンで亡くなったお医者さんの隣に住んでいましたが、私の小学校、中学校の1年後輩で、子供のころから一緒に遊んだ幼友達でした。
女子プロレスを辞めてからは、地元で体育教室を開いて活動していたんですが、1年くらい前から"体調が悪い悪い"と言っていたんです」
杉田台住宅は、68年(昭和43年)ごろに開発された分譲地で、約900世帯が住んでいる。住宅地からは、市民の森のある丘陵地帯が一望できる。だが、その展望は異様である。丘陵の尾根沿いに、海上保安庁、NTT、NHK、FM放送局、建設省緊急避難用、携帯電話会社など6基の各種電波塔が、住宅地を睨むようにニョキニョキと乱立しているのだ。また、住宅地の真上には、洋光台方面に伸びる15万7千ボルトの高圧線も通っている。
「ガンで亡くなった方は、皆さん20年以上ここに住んでいる人たちです。私も12歳から住み始めましたが、子供のころ、いつも家の窓から見える丘の電波塔を見て、安全なのかと心配していました。この住宅地は電波塔が立つ丘陵からなんの遮蔽物もなく、電磁波が直接当たっているんです」
本田さんが本当に恐怖に感じたのは、今年8月に乳ガンのために入院したときである。本田さんは、主治医に洋光台や杉田台に近い、横浜市立大学病院や南病院での手術を勧められたが、自宅からは遠くても、ご主人の会社に近い横浜のある大病院で手術を行った。
入院中、本田さんはガンで治療中の患者さんに片っぱしから話を聞いた。
「病院内で、ほかのガンの患者さんや脳腫瘍の方などにできるかぎり住所を聞きましたが、本当に愕然としました。皆、家の窓を開ければ電波塔の見える、市民の森周辺の人ばかりなんです。その患者さんたちからも付近で大勢、進行ガンで亡くなっているという話を聞きました。
また、入院中に顔は知りませんでしたが、私の家の15軒ほど先のご近所の奥さんが乳ガンで入院してきました。さらに驚いたのは、その2週間後に、その隣の奥さんが喉に腫瘍ができて入院してきたのです。喉に腫瘍ができた奥さんに話を聞きますと、隣のご主人は脊髄の難しい病気でほかの病院に入院中とのことで、そのまた隣のご主人は3年前にガンで亡くなっているとのことでした。もう本当に背筋が凍りました」
ガン患者の異常多発は、杉田台住宅ばかりではない。6基の電波塔から、西側1キロほどのところに位置する洋光台南団地でも同様である。
「団地の窓を開けると、6基の電波塔がすべて間近に見えます。私が知っているかぎりでも、この数年間で5軒の家で、ご主人なり奥さんがガンで死んでいます。皆、40〜50代ですね」(団地の住民)
本田さんの入院中にも、洋光台南団地の人がガンで入院。同室となったが、本田さんが退院するころ死亡した。その患者さんも「洋光台はガンが多くて・・・」と、本田さんに言っていたという。
杉田台や洋光台南周辺でガンで亡くなっている人は、男女を問わず、40〜50代が圧倒的に多い。いずれも、ジャッキー佐藤さんのように子供のころから住んでいた人たちだ。
杉田台住宅内の長い坂道を歩いてみた。坂道を下りきると、崖っぷちに出る。突然、目の前に6基の電波塔が飛び込んでくる。電波塔からの電磁波被曝は数キロの範囲に及ぶという。住宅地内の多くの住民が、ガンの多発と電波塔から発せられる電磁波の関係を疑い始めている。
京都大学工学部原子核工学科助手の萩野晃也博士(60歳)は言う。
「科学雑誌『ネイチャー』の2000年5月25日号で、微弱なマイクロ派(鉄塔から出る電磁波や高周波に含まれる)が、線虫の細胞に害を与えたことが明らかになった―というポラメイ教授の論文が掲載されました。線虫は、人間と同じDNA型の多細胞生物で細胞の基本構造は人間と同じです。つまり人間の細胞も微弱マイクロ派によって障害を受けることは、明らかです」
新鉄塔は住民の同意なし
杉田台や洋光台周辺の住民を、さらに不安にさせているのがNTTドコモの鉄塔建設計画だ。NTTドコモが市民の森近くの緑地2千530平方メートルを造成し、高さが80メートルで、直径1.2メートルのパラボラアンテナが最大38個付く携帯電話用の巨大鉄塔(無線中継所)と400平方メートルの電力室の建設を計画している。建設予定地は、建設省の緊急避難用の電波塔に隣接する円海山(153メートル)の麓、氷取沢にある。これが完成すれば、合計7基目の電波塔となる。周辺住民はこの計画を知った4月、「氷取沢自然を愛する会」(小栗正義会長)を発足、反対運動に立ち上がった。反対の理由は「電磁波についての安全性が立証されていない」「すでにこの地区にはいくつもの鉄塔が建設されており、第1種風致地区に指定されるほど広大な森の景観が破壊される」などだ。
すでに3千人の住民の反対署名を横浜市に提出したほか、郵政省、県、建設省などにも電磁波の危険性を訴え、鉄塔建設計画の中止を要望してきた。NTTドコモとの住民説明会もこれまで3回行ったが、ドコモ側は、
「電磁波に問題はない。世の中に100パーセント安全なものなどない。水道の水を飲み続けたってガンになる」
「住民の同意が得られなくても建設はする」
「建設予定地は見通しがよいことと、ほかの電波の干渉を受けないので建築に最適」
「電波の強さは社外秘」などと回答。計画は変更しない構えだ。
「氷取沢自然を愛する会」では、こう批判する。
「NTTドコモの担当者は、設計図も社外秘ということで見せようとしません。それどころか、この一帯はもう十分に電磁波が飛び交っているから、"あと1基増えても、どうってことはない"というような、とんでもないことを言う。
9月10日の建設省の説明では、建設予定地に隣接する建設省の鉄塔から発せられている電磁波の強さは、イギリスの安全基準の約400倍となっています。新たな鉄塔ができ、これ以上、電磁波が上乗せさせられたら、大変なことになってしまいますよ」(小栗正義会長)
今年の5月11日、イギリス政府の諮問で携帯電話が健康に及ぼす影響を調査していた専門委員会は、携帯電話の電磁波が健康に悪影響を与える可能性もあるとして、子供が不必要に利用しないことを求める報告書を公表した。そのなかで0.001マイクロワット平方メートル以下でなければ安全でないという基準を打ち出した。そして7月には、16歳以下の子供に緊急時を除いて携帯電話を使用させないように、との指導がイギリス政府から通達されたのだった。
「氷取沢自然を愛する会」のメンバーである総合病院勤務の山下昇医師(45歳・男性・仮名)は、こう言う。
「ドコモは、ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)が、電磁波の安全性には問題ないと断言していると言っていますが、ICNIRPは"電磁波は人体に影響はない"なんて言っていません。
電磁波について疫学研究や動物実験のデータが不足しているというのは、国際的な常識であり、それは、ドコモが持ち出しているICNIRPのガイドラインにも書かれていることです。とくに、長期間浴びた場合の研究データはほとんどない。ICNIRPはこの非常に限られたデータしかない現段階において、ガンなど、体に悪影響を及ぼすという確信の持てる証拠(影響を示唆するものはいくつかある)はなかったと言っているのであり、"電磁波が安全だ"とはひと言も言ってないんです!」
科学庁も緊急調査を開始
昨年、米国・環境衛生科学研究所(NIEHS)が、「ラピット計画」の最終報告書を発表した。それは米国議会の要請を受けて約5年間にわたり、送電線などからの電磁波の人体への影響を調査していたものだ。
「報告書の結論には"実際に生活している"場所での被曝に関して、無視できない、いくつかの一致性が見られるとし、『2つのガンの場合に相関が見られ、小児白血病と職業人の慢性リンパ性白血病である』『被曝が白血病の原因になるかもしれないとの弱い科学的証拠があることから、被曝が完全に安全だと認めることはできない』とあります」(前出・荻野博士)
日本でもようやく昨年8月から、科学技術庁が全国的な電磁波の健康への影響を調べる疫学調査を開始した。少なくともその結果が出るまで、新規の電波塔の建設は凍結すべきである。でなければ、何のための調査か。
住民でもある山下昇医師は、長期間被曝した場合の恐ろしさについて、こう言う。
「私たちの肉体には約60兆個の細胞がありますが、そのうち、たった1個の細胞がガン化し、無制限に増殖し、人を死に至らしめます。その1個の細胞が検査で見つかる大きさになるのに、約10年かかるのです。
つまり鉄塔を建て、電磁波の発ガン性が明らかになるのは10年後になるわけです。それをじっと待つことができますか。また現在、まだ自分では知らずに前ガン細胞を持っている人にとって、電磁波は最後の一撃になる可能性があります」
本田さんの調査でも、杉田台住宅でガンで死亡した人は、子供のころから住んでいて、結婚した後も、そのまま住み続けている人ばかりなのである。
大阪の門真市古川町では、過去13年間で死亡した160人のうち82人がガン、そのうち18人が血液のガンといわれる白血病で死亡している。ガンの発生率は全国平均の20倍、白血病に至ってはなんと全国平均の100倍という異常な高さである。
これは、町に張りめぐらされた高圧送電線の影響と見られているという。
次の犠牲者は誰か・・・。
「電磁波の恐怖」は横浜・洋光台だけの問題ではなく、今後、全国に広がる可能性もある。速やかなる調査が必要だ。
(『週刊宝石』 2001.1.4発行)