電波問題の発端は低周波の電磁波
今年の初めごろから、携帯電話の電磁波問題に関する報道が目立つようになりました。安全性が確かめられていると思って使用していたのに、どうもそうではないらしいということを知って、驚かれた人も多いでしょう。
以前から話題になっていた電磁波(電気と磁気の波)の問題には、大きく分けて二種類の電磁波が関係しています。低周波の電磁波と高周波の電磁波です。低周波の電磁波とは、電磁波の波のくり返しが少ないもので、代表例は50ヘルツ(ヘルツは、一秒間に振動する数を表す単位)とか60ヘルツといわれる交流電気からもれている電磁波です(一方、高周波の電磁波とは、波のくり返しが多いもの)。
低周波の電磁波がもれ出ている送電線の近くでは、小児白血病が多いのではないか、という話を聞いたことがあると思います。そのような研究が1979年に発表されてから現在までに、45件もの疫学研究(人の集団を対象として、病気の原因を探る研究)がなされています。そのうちの四分の三以上が、電磁波は小児白血病と関連がありそうなことを示しています。
だからこそ、「米国・ラピッド計画」(米国議会の依頼で1993〜1998年の五年計画で進められた「電磁波の影響研究」)の責任機関であった、米国立環境健康研究所の諮問委員会は、「ガンの原因となる可能性がある」との結論を発表したのです。この結論は、委員の投票で決められたのですが、「小児白血病の証拠があると思うか」との質問に対して、26人中20人の委員が、「十分に証拠がある」と答えているほどです。
送電線や配電線、変電所からもれてくるだけでなく、家庭にある電気製品からも電磁波が出ています。米国立ガン研究所の1998年の疫学研究では、表に示されるような結果になっています。そして、大人よりも子どものほうが、ガンになりやすいといわれているのです。これらの研究が示すように、低周波の電磁波の悪影響が心配されている一方、ここ数年間で、高周波の電磁波が出る携帯電話が驚くほど普及してきたのです。
子どもの携帯電話の使用は危険と警告
以前から、レーダー操作員やテレビ技師など、高周波の電磁波を被曝する職業人は、脳腫瘍などのガン発生率が高いといわれていました。しかし、頭のすぐ横で電磁波を発生させる携帯電話が、こんなに普及することなど、予想もされていなかったのです。広島や長崎の原爆の被爆者に、白血病になる人が多かったという疫学研究がよく知られていますが、白血病発生率が最大になったのは、被曝から約10年後のことでした。ガンが出現するまでには、その程度の年数が必要なのです。普及しはじめたばかりの携帯電話ですから、脳腫瘍との関連などの研究調査はあまり行われてはいないのです。
携帯電話技術を世界で最初に実用化したのは、スウェーデンやフィンランドで、1984年のことです。北欧諸国では人口密度が低く、緊急連絡用として携帯電話が開発されました。それから15年後の1999年には、フィンランドで61%、ノルウェーで57%、スウェーデンで53%と高い普及率になっています。
日本も2000年5月末で、48%の5861万台(PHS〈簡易型携帯電話〉を含む)と急増化しており、1998年7月からサービスを開始したCDMA方式(いくつもの信号を重ね合わせて送る方式)の携帯電話は2000年4月末で520万台となり、インターネット接続開始によって、若者を中心に爆発的な人気を得ています。こうしたことは日本だけではなく世界中で広がっていて、それとともに、「本当に安全なのだろうか」との疑問が生じてきているわけです。
今年5月11日、英国で衝撃的な記者会見がありました。英国政府の依頼を受けた「携帯電話に関する独立専門家グループ」(IEGMP)の報告書が発表され、「子どもの携帯電話使用に警告」との見出しで日本でも報道されました。責任者のスチュワート卿(タイサイド大学医学部病院長)は、会見での質問で「私は携帯電話を持ってはいるが、孫には自由に使わせない」と発言し、若者を中心に携帯電話が急激に増加している英国の親にショックを与えたのです。
この報告書は約10ヵ月という短期間にまとめられたのですが、五回の公開シンポジウム、九回もの非公開公聴会が開催され、約300もの論文を調査したうえで、政府へ提出されたのです。
大人と違って、子どもの頭はまだ未発達であり、電磁波の悪影響を受ける危険の高いことが、警告する大きな理由です。報告では、ノッチンガム大学のデ・ポメライ教授の最新の研究で、わずかな被曝で線虫(回虫など、細長い虫)の細胞中にある「熱ショックたんぱく質」が増加していることを示したことを高く評価しています。
それ以外にも、ハーデル博士(スウェーデン)の「携帯電話を使用している側の脳に脳腫瘍が多く発生している」という研究や、「子どもの記憶力に影響を与えている」とのプリーズ教授(英国)の研究など、数多くの論文を評価しています。
これだけ悪影響を示唆する研究が多いのですから、「疑わしきは使用せず」の予防的原則に立って、「せめて子どもへの被曝は少なくすべきである」との報告書にせざるをえなくなったのです。このような動きはスイスやイタリアでも起こり、日本の法律で定められた規制値の100分の1以下という厳しい規則に切り替えはじめているのです。
現在、世界保健機関(WHO)が中心になって、携帯電話と脳腫瘍に関する疫学調査が実施されています。その研究に日本も参加することを決めたばかりです。
全身に及ぶ電磁波の悪影響
携帯電話から出ている高周波(一定時間に振動する数が多い波)の電磁波(電気と磁気の波)は、マイクロ波と呼ばれています。このマイクロ波を利用した代表的な製品が、電子レンジです。マイクロ波は物を温める効果が高いことから、電子レンジが発明されたのです。もともとはレーダー装置という軍事技術が民生用に転用された代表例なのですが、米国式の食事に革命を与えたといってもいい製品です。
電子レンジに使用されているマイクロ波は、一秒間に24億5000万回も振動する高周波の電磁波です。このように高周波数になった理由は、食品中の水分に最も効率よく熱を与えることができるからです。ところが、同じ水分子でできている氷には、全く熱を与えることができません。水の分子の配置にわずかな違いがあるからです。このことは、高周波の電磁波の影響が、大変複雑であることを示しています。
レーダー装置は第二次世界大戦で大活躍しました。そのときから、マイクロ波による白内障の増加が心配されていました。そのため、レーダー操作は四時間以上続けるべきではないとの指針すらできていたのです。また、レーダー装置の前を横切った軍人が死亡するという事故も起こっています。その軍人のおなかの中は、まるで調理したかのように煮えたぎっていたとのことです。
このようなマイクロ波を浴びることで心配される病気や症状はさまざまなものがあります。それを次ページに示しました。携帯電話が普及する以前から、マイクロ波と、このような症状との関係がありえるのではないかと心配されていたのです。まさか、アンテナつきの携帯電話を、顔の真横で使う人たちが、こんなに増えるとは予想もされていなかったのです。心配されているこうした症状と携帯電話は、完全に無関係であることが証明されたうえで、携帯電話が使われはじめたわけではありません。
1998年に、スウェーデンとノルウェーでの合同調査結果が発表されました。携帯電話の利用者に生じる症状として、「頭痛」が3〜6倍、「顔のほてり」が3〜11倍、「耳の後ろが温かくなる」ことが8〜48倍にも増加しているのです。ふつうの電話を使っていれば起こらない症状が、携帯電話では起こっているのです。これは、電磁波を浴びたために脳が反応しているからではないでしょうか。
私は、携帯電話のことを「小型の電子レンジ」といっています。携帯電話の電磁波は電子レンジに比べれば弱いのですが、顔や脳を直撃しているので、電子レンジと同様に危険性があると思うからです。
紫外線を浴びると、シミや脱毛になりやすいことはよく知られています。その紫外線も電磁波の一種ですが、高周波の電磁波にも、紫外線と同様に、細胞を傷つける効果があるとも報告されています。
人間の体で、特に熱に弱い組織は、目と睾丸です。これらの組織には、血管がないので、血液で冷やすことができないからです。つまり目と睾丸は、携帯電話の電磁波被曝に弱い組織といえます。
脳への影響が心配される三つの理由
一方、冷却用の血液が多く流れているのは、脳です。心臓から送られている血液の約四分の一が、脳を冷却するために、頭へ送られています。その血液に、脳の組織を破壊する恐れのあるたんぱく質や重金属(1立方センチ当たり4〜5グラム以上ある金属)などが含まれないように、血液脳関門という血液の関所があります。ここを通らなければ、脳へは血液が流れませんが、この血液脳関門の働きが電磁波を浴びることで破壊されるという報告があり、大問題になっています。このような電磁波による脳への影響として、私は「マグネタイト」「カルシウムイオン」「メラトニン」の三つをあげています。
「マグネタイト」は、脳に含まれてる小さな磁石のことです。この磁石は、1975年に最近の体内に鎖状につながっているのが初めて見つけられました。1980年ごろから、伝書バト、ハチ、イルカ、サケ、アユ、渡り鳥などの脳の中にもあることが発見されました。この磁石は、脳内で羅針盤のような役割をしているといわれますが、くわしいことは、今なお明らかになっていません。最近、伝書バトのレースがしにくくなっているそうです。レースは、稚内や鹿児島などから出発し、巣へ帰るまでの分速を競うものですが、伝書バトが巣に戻らなくなっているのだそうです。その理由として、携帯電話の通信用の鉄塔の乱立が原因ではないか、といわれています。
細胞中のカルシウムイオンは、高周波に低周波をまぜた(変調という)電磁波に当たると、もれ出ることが1975年に発見されました。カルシウムイオンは、生殖や神経活動に大変重要なイオン(電気を帯びた原子)ですから、このことが大問題になっています。
また、「メラトニン」は、脳中央部にある松果体という小さな組織から分泌される脳内ホルモンの一種です。この松果体が、電磁波に当たると、分泌量が減るという報告がたくさんあります。
以上のような脳や体への悪影響を示す報告が、最近になるほど増加していますが、便利さに負けたためか、携帯電話が世界中で大人気になっています。子どもにまで普及していることに不安を覚えるのは、私だけではないでしょう。
荻野晃也(京都大学講師)
(『わかさ』 2000年9月号)